#26 漫画家のアシスタントの仕事


高校を卒業して漫画家になりたかった私は、何度が雑誌社に漫画を投稿していましたが全くひっかからず、(今思うとヘタくそな漫画でした。)まずは東京に行って漫画家のアシスタントのなって勉強しようと思いました。漫画の専門学校に通い半年で、漫画家のアシスタントを紹介してもらいました。21歳の時に福岡から単身で上京しました。漫画家の先生は劇画タッチの先生でした。週刊誌に1本、他にも月間数本連載と読み切りなど、毎月200ページぐらい描かれておられました。作業時間は昼1時から22時ぐらいまでだったと思います。忙しい時は仮眠で机の下で寝袋で寝たり、1か月全く休みがないこともありました。会社じゃ考えらません。忙しかったですが、2年ぐらい経った頃、このままじゃダメだ、漫画を描こうと3時間ぐらいの睡眠で漫画を1本描きあげて小学館のヤングサンデーに投稿しました。するとある日、小学館の編集者から電話があり賞を頂くことができました。その後、2年半で漫画家のアシスタントをやめ、バイトをしながら漫画を描くことにしました。担当がついて、ネーム(漫画のラフ)が通らずもがいていました。その時は自分にないもの(外国物やファンタジー)を描こうとしていました。先生にネームを見せに行った時にこう言われました。『今、何のバイトしてるの?その体験をおもしろく描けばいいんじゃないかな。』そうだ、その通りだ!と思いました。その後、その描いた作品で賞を取ることが出来ました。そこからスタイルが変わりました。先生は第一線で漫画を描き続けお亡くなりになりましたが、今でも感謝しております。

久留米大龍ラーメン
漫画背景
21歳の時に描いた背景